不動産屋日記-843
2012/2/5

投資金の回収 

 明日は、遠方まで日帰りの出張。留守中のメール、書類作成等行なう。案件が多くなると、管理も大変だ。一つ、一つが、手を打つ順番を間違うと、重大な事になる。全ステークホルダーの足並みが揃わないと、所詮、そのプロジェクトはパンクする運命に至る。そうはさせじと万全の準備を行なう。  プロジェクト構築に至るノウハウも、日々研鑽し、磨きをかけるから、変化も著しい。昨日の正が今日の誤となる事もある。 

 私は、失敗だけが多かった人生から、実に多くのモノを己で手にすることが出来た。今、私の心の中で、一つ、一つのプロジェクトがダイヤモンドの輝きを放っている。企業や個人の真の能力、潜在エネルギーは、必ずしもB/SP/L等から読み取れるとは限らない。己の経営資源とは何なのか。己が行なうべき投資は、いかなるものであるべきか。突き詰めて考えていくと、実に面白い。  しがない不動産屋が、その次に目指すもの、それは、投資家としての道である。 

 今年は、あらゆる自己の経営資源を総動員し、これまでの投資金の回収に全力を尽くす。   ‘12.2.5 

不動産屋日記-842
2012/2/4

今日は、立春。春も近い。 

 東の空が、ほんのりと赤い。夜明け前。寒い。  「パナソニック最終赤字7800億円 今期 環境軸に収益改善急ぐ」(本日、日経トップ見出し) 

「上場企業 経常益2割減 輸出産業に円高・洪水直撃 内需・資源堅調 最高益も 『稼ぎ手』変化の兆し」(本日、日経第1面見出しより)  新聞に目を通すと、世の中の動き、変化が、ガンガンと目に飛び込む。 

 私も、今期は、二段も三段もギア・チェンジ。そう、鈍い頭の話。これまでの間抜け振りを大いに反省する。それでも真実一路、天下の王道を歩く。背筋を伸ばして、ドンドンと前に進む。知らぬ間に、仲間から持ち込まれた案件は、結構な金額になった。毎日が、一つ、一つの勝負。ぐいぐいと突っ込む。それでも、得意のノーテンキ振りは発揮される。これも又、反省。逆から見ると、それも自己の持ち味ゆえ、物件が集まるのかもしれないが。  今日は立春。春も近い。 

 ‘12.2.4 

不動産屋日記-841
2012/2/3

洪水の如く入る案件 

 

 洪水の如く入る案件。 

次々と調査、分析、展開を行なう。拙速にならない様に、一つ、一つ動く。私とすれば、大変なスピードで展開しているのだが、私の情報入手先は、そうは思っていない。 

 急ぐべき物件と、そうでない物件との区別が分かっていない。これをどう相手方に伝えるか。生身の人間ゆえ、誰もが、自分の判断が正しいと思っている。 

 私は、自信を持って、堂々と、話しを進める。 

 ‘12.2.2 

不動産屋日記-840
2012/2/2

天下泰平 

 

 今日から2月。取引仲間が地方から上京。お二人見える。ご両人とも案件別元付業者。都合4物件、私のエンド顧客へ同行。進捗の確認。ご本人等のガス抜きを兼ねる。元付にすれば、出した物件がどうなっているか気になるところ。エンドに会ったら会ったで、本当に契約してくれるのだろうかと、又、次の心配。不動産屋という職業は、恐らくどんな職業と比べても、こと、猜疑心の深さは、何本かの指に入るのではなかろうか。抜いた、抜かれたの話しは、よく聞く話し。それゆえ、各位、人を疑う事は天下一品。この保全もノウハウの内。抜かれた場合の回収も又ノウハウ。私の場合、何年かかろうと堂々と回収する。許さない。 

 今日も、或るデベへ、仲間と案件を提案しながら抜かれた事例の話し。これは、盛り上がる。抜いた方は、それで済むと思っているらしく哀れなもの。天下泰平である。 

 今日の勝負案件、都合5本。全部モノにしようと考えている。 

 ‘12.2.1 

不動産屋日記-839
2012/1/31

ワクワク、ドキドキの日程 

 

 30年程前の仲間と、ホテルオークラ カメリアで待ち合わせ。30年少しの時間の穴埋めを、お互い行う。彼は、元々、出身は金融機関。何事も率なくこなすリーダー型。 

 夕方になり、食事。多少、仕事の重なりもあり、等々、打ち合わせ。 

 今日もそうであったが、毎日が、ワクワク、ドキドキの日程が続く。明日は、勝負3本。 

 ‘12.1.31 

不動産屋日記-838
2012/1/30

日々、勝負 

 

 「世界覆う危機 焦燥と無策と ダボス会議閉幕 社会不安、民主主義に試練」(本日、日経第3面見出しより) 

 「格差拡大の背景には時代が必要とする高い技能や技術を多くの人が持っていないという現実がある。所得再配分や最低賃金引き上げでは対応できない。」(ラジャン・シカゴ大学教授、本日日経第3面、同上見出し記事より) 

 市場経済、民主主義の基盤への危機感が、今年のダボス会議を覆った様子。混迷と不安の時代を実感させる。 

 どんな時代でも、人は生きて行かねばならない。弱者は、弱者なりに生きて行けばよい。私は、そう考え、日々,生き残る為への挑戦を続ける。 

 今朝は、先週末の出張中の或るプロジェクトの打ち合わせの議事メモの原稿を、先ず、書き上げた。ノートのメモから書き起こす。毎度の事であるが、これは、結構エネルギーを要する。しかし、過去を振り返り、やはり、案件を進めるには、古典的な方法であるが、効果的だと思われる。これは、或る地方へ内外有数のホテルを誘致するプロジェクトである。日本中が、アジアへ熱い目を注ぐ中、私は、国内での事業家を、等々、模索する。かと言って、アジアと全く関係ないという訳ではない。集客という視点で、アジアからの集客を考えての事業化である。 

 私は、「一人で軍隊だ。」と、己を鼓舞させ、介護、物流、小売り、観光等々、市場の動きを注視しながら、土地有効使用を考える。猛烈な量の情報を整理する。考えただけで、気が遠くなる。しかし、挑戦する。マーケットの声に耳を傾ける。急がば回れ。それこそが、契約への近道と信じる。それが、私の生き残る道だと考えている。 

 分、相応のことだけを考えたいと願っているが、市場の声は、私が、のんびりやる事を許さない。事業規模も大きい企画がドンドン入って来ている。飛んでくる球は、打ち返す。ワンヒットも狙うが、ホームランを狙わざるを得ない場合もある。一方、球も投げる。剛速球あり、変化球ありである。負けてはいられない。日々、勝負である。 

 ‘12.1.30 

不動産屋日記-837
2012/1/29

目指すは、契約のみ 

 

 三咲に引っ越して来て、近所に住む、或る取引仲間と、初めて面談。仲間と言っても、相手は大手。ご本人も、その企業の幹部の一人。そうそう気安く「お茶」でも、とは言い難い。遠慮していて、何年も経過した。 

 近況の情報交換を行う。やはり、我々とは視点が異なる。大企業なりの目線がしっかりしている。 

 嬉しかったのは、現在、ご本人は、ビル管理が主たる業務の様子で、「賃料」について、大変敏感になっておられた。彼とは、以前、都心の案件を一緒に組み立てたことがあった。少なくとも、その時より賃貸市場の動きに、明らかに反応がいい。 

 このあたりの感性無しには、ビルの価値の判断は難しい。何が嬉しいかと言えば、少なくとも、価値観を共有する部分が、僅かでも在る所なのである。 

 さて、これから山となった情報を、整理する。 

 目指すは、契約のみ。 

 ‘12.1.29 

不動産屋日記-836

名古屋、鳥羽 

 

 800過ぎ、ホテルのフロントにFAXを受け取りに行くと、もう、合流予定の元付業者は到着していた。首都圏、都心案件の役所との事前協議用の資料が到着したので、説明を行う。その後、荷物を車に積み込み、本日予定の物件確認に出発。先ず、名古屋市内中心部案件から。2案件。両案件とも、胸が高まる。この為に昨夜名古屋に入った。 

 高速に入り、南下。鳥羽を目指す。11時頃、地元業者と合流。対象物件を一回り。海岸に地続きでないことを、資料を手渡され、先ず、確認。これで、用途が、先ず、制限される。ここで、賢島方面に向かう事を断念。エクシブ鳥羽の存在に気付き、皆で一服。 

 鳥羽を後にし、残り2案件の確認に向う。内、1件は、或る大手スーパーの出店意向があるとの事で、ホルダー確認の約束を行なう。 

 途中、桑名で車を降りる。コンビニを見つけ、荷物を自宅へ送る。 

 身軽になったところで、近鉄の特急に乗り込み、帰路に着く。乗り換えの名古屋発は、1733のひかりであった。 

 23日の旅であったが、中身の濃いものであった。 

 ‘12.1.28 

不動産屋日記-835
2012/1/27

強行軍 

 

 只今、九州、山陽道、開発企画展開中。 

強行軍である。 

 ‘12.1.27 

不動産屋日記-834
2012/1/26

国民を舐めたらいかんぜよ 

 

 「東電 3年で黒字化」(本日、日経トップ見出し) 

さすが、お上の指導である。“3年で黒字”。これは、お上ならぬ「お神」の仕業でしかない。正に、神の手である。この原資というか、黒字化の根本的要因である「売上増」は、当然「値上げ」であり、原発再稼動等を前提とせざるを得ない。果たして、国民が理解出来るのか。 

そろそろスタンドプレイではなく、心から国民の思いを託した政治が行なわれる事を期待したい。格好を気にするのも分からないではないが、気を取られ過ぎる事は、如何なものか。 

国民を舐めたらいかんぜよ。 

12.1.26 

不動産屋日記-833
2012/1/25

都会の或る巡りあい 

 

 昨日、東京駅の喫茶店で、33年ぶりに昔の友人と会った。お互い相応の年令になった。相手は、暫く気付かない様子であった。共通の友人も、1人は、もうこの世にはいない。浦島太郎の世界? 

 その昔、私が窮地にある時、優しく声をかけてくれたことがあり、時折、彼の事が脳裏に浮かぶ事があった。それゆえ、彼を見かけた時、自信を持って、声をかけることが出来た。なつかしい思い出が、等々目に浮かぶ。 

 都会の、或る巡りあいであった。 

 ‘12.1.25 

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